日本HACCPトレーニングセンター主催「第8回HACCPフォローアップセミナー」より

中小食品工場の品質・安全性管理のポイント

河岸宏和氏

 

 本稿は2006年12月19日、日本HACCPトレーニングセンター(田中信正理事長)の主催で開催された「第8回HACCPフォローアップセミナー」において、河岸宏和氏が行った講演の要旨である。河岸氏は本誌にて「中小食品工場の品質・安全性管理のポイント」を連載中。また、ホームページ「食品工場の工場長の仕事とは」を主宰、メールマガジン「食品工場の工場長の仕事」を発行、著書「ビジュアル図解 食品工場のしくみ」(同文舘出版)を執筆するなど、多彩な活動を展開している。(編集部)

 

ホームページ「食品工場の工場長の仕事とは」

http://ja8mrx.o.oo7.jp/koujyou1.htm

 

 

 

食品工場の目的と現状の課題

〜生産性と品質・安全性を天秤に掛けない〜

 

 食品工場は1のような“雨傘”に例えることができます。工場という“雨傘”は、生産している製品を“雨粒”(食品衛生、労働環境、動物愛護、環境問題などさまざまな問題)から守っています。傘が倒れてしまうと、工場の製品が守れなくなってしまいます。

 では、雨で傘が倒れないようにするためには、どうすればいいでしょうか。「文書管理をしっかりと行う」「HACCPの認証を取得する」「ISOの認証を取得する」「検査部門を強化する」「専門家を雇用する」「マニュアルを整備する」など、さまざまな選択肢が考えられます。しかし、それらは、本当に傘が倒れないようにするために効果があるのでしょうか。

 食品工場の現状での問題点を見てみます。「HACCPを進めるとコストアップにつながる」「ISOを進めると書類の山になってしまう」「自分の工場にくる専門家がいない」「マニュアルばかりで仕事が進まない」――こうした問題点を抱えているのではないでしょうか。

 食品工場は、最終的には「生産性を上げる」「利益を上げる」といった目標の達成を目指しています。その目標を目指すには、「生産性」と「品質・安全性」は“両天秤”のようにどちらかを優先するものではありません(2)。よく「生産性を重視すると、品質・安全性が悪くなる」「品質・安全性を重視すると、生産性が悪くなる」といった具合に、食品工場を“両天秤”で論じる人がいます。しかし、品質管理(ISO)も安全性確保(HACCP)も、食品工場が利益を上げるために導入する仕組みです。

1 食品工場で管理する物。食品工場を雨傘で例えると、工場の製品は“傘”で守られている

2 品質・安全性の考え方。生産性と品質・安全性は、両天秤のようにどちらかを優先するものではない

 

 

品質・安全性の確保は

企業の目的を実現するための“土台”

 

 さて、食品工場の目的は、3のような三角形で表すことができます。食品工場で実施されている日々の生産活動は、先に述べたように「生産性を上げる」「利益を上げる」をいった目的で行われています。食品工場が生産性や利益を上げるための“土台”が「品質・安全性」です。「原料が手配できない」「生産能力がない」といった状況に陥ると、三角形は倒れてしまいます。堅牢な土台を造ることが大切です。では、どうすれば堅牢な土台を造ることができるのでしょうか。

 例えば、今冬はノロウイルスによる食中毒や感染症が急増しています。皆さんの食品工場がノロウイルスによる被害を被らないためには、どのような“土台”を構築すればよいのでしょうか。下痢をしているにもかかわらず、十分な手洗いをしないで工場に入るような従事者が一人でもいれば、ノロウイルスが発生する原因になってしまうかもしれません。あるいは、工場で着用する作業着を家庭に持ち帰って洗濯している場合、作業着と下着類は別々に洗濯しているでしょうか。塩素などに浸して消毒しているでしょうか。きちんとアイロンを掛けているでしょうか(アイロンの熱でノロウイルスは殺菌できます)。工場に持ってくるときは専用の袋に入れて運んでいるでしょうか。そのような配慮がなかったとしたら、いくら工場でISOHACCPを導入していても、ノロウイルスの予防にはつながりません。こうしたことも“土台”と言えるでしょう。

 この三角形は、さらに“倫理観(エシックス)”という要素によって支えられています。このことは後で詳しく説明します。

   

3 食品工場の目的。「売上・利益」「生産活動」を支える堅牢な土台を造ることが大切

 

 

堅牢な土台を造るためには

〜ドベネックの要素樽の考え方〜

 

 作物栄養学では「ドベネックの要素樽」と呼ばれる概念があります(4-1)。作物を十分に成長させるには、樽に十分量の水を貯める必要があります。では、どうすれば樽に十分な水を貯められるでしょうか。作物の収穫は作物制限因子で支配されます。図4-1は窒素量が少ない状態をあらわしています。窒素量が少なければ、いくら他の因子が豊富にあっても、一定量以上の水は貯められません。貯められる水の量は、樽の大きさではなく、最も少ない作物制限因子の量で決まります。つまり、樽を構成する木の板が最も低いところで決まるのです。

 これを食品工場に置き換えると、4-2のようなイメージができます。木の板を「部門ごとの管理状態」に例えることができます。樽に貯められる水の量は、樽を構成する木の板が最も低いところで決まります。つまり、管理できていない部門が一つでもあれば、そこから水が漏れていきます。水漏れ箇所(=管理が十分にできていない部署)があれば、十分な水を貯められなくなります。

 いかにして問題の箇所を修理するか考える必要があります。どの木の高さが低いのを考えるのであれば、4Mmachinematerialmanmethod)の考え方を使うことも有効です。“タガ”が緩んでいても、水は貯まりません。先ほど例に挙げたような、下痢をしているにもかかわらず、手洗いをせずに現場に入るような従事者が一人でもいれば、その人が関わったラインから食中毒の原因食品が出荷されるかもしれません。

 自分たちの工場で、どの部門が品質的に最も弱いのか、どの部門を最も強化しなければならないのかを考えてみてください。弱い箇所を少し強くするだけで、樽の中に水が貯まるようになります。品質管理の外部専門家を雇用することも効果的な方法かもしれません。しかし、それは樽を構成する木の板の一枚だけ(例えば「品質管理部門」だけ)を大きくしているに過ぎません。先ほど述べたように、貯められる水の量は(樽の大きさではなく)胴板の高さが最も低いところで決まります。

 さて、「ドベネックの要素樽」では、樽の上から水を供給しなければなりません。どうすれば、たくさんの水を供給できるでしょうか。その答えは「方針」です。

 

4-1 作物栄養学の概念「ドベネックの要素樽」

4-2 ドベネックの要素樽(食品工場に置き換えた場合の考え方)

 

 

食品工場における「方針」の設定

〜“方針”よりも優先することはない〜

 

 食品工場における「方針」の設定に際しては、@最終商品の品質に関すること、A地域・地元の環境に関すること、B工場で働く人の安全に関すること、の3点を含んでいることが必要です。

 食品工場において、「方針」よりも優先されるものはありません。経営者や工場長といった責任者は、方針を明確に掲げて、それを“自分の言葉”で表現することが大切です。朝礼等で唱和し言い続けることで、少しずつ現場に浸透していきます。

 食品工場には、売上や利益に関する目標値があります。PDCAサイクルを回しながら、目標とする期日までに、売上や利益の目標値まで到達することを目指します(5)。そのためには、経営者は“樽”に水を供給し続けなければなりません。そして、現場に“タガの緩み”や“水漏れ箇所”がないか、常にチェックしなければなりません。では、どうすれば“水漏れ箇所”を見つけられるのでしょうか。

5 食品工場の目的〜PDCAサイクルを回して坂を上り続ける〜

 

 

“水漏れ箇所”を見つけるために

〜中小工場におけるハードル理論の考え方〜

 

 どうすれば効果的に“水漏れ箇所”を見つけられるでしょうか。キャリアの長い人たちは「勘と経験と度胸」(KKDと答えるかもしれません。昔はそれでも仕事ができたでしょう。しかし、今は違います。データで判断する必要があります。食品工場には、クレーム件数、工程不良率、細菌数、工程歩留、人件費率、労災件数、生産性、機械稼動率、離職率など、さまざまなデータが存在します。品質という水量を貯めるためには、これらのデータを解析することで、“水漏れ箇所”が見つけられます。データ解析の際には、6に示すような「特性要因図」などを用いると良いでしょう。工場全体を解析したり、問題のある部門ごとに解析するなど、さまざまな角度から解析することが大切です

 しかし、食品工場にはさまざまな要因が、互いに影響を及ぼし合っています。“水漏れ箇所”の修理は、なかなか難しい作業です。そこで「ハードル理論」と呼ばれる考え方を利用します。例えば、製品の腐敗が問題になったとします。製品の腐敗を防ぐためには、「個人衛生」「設備管理」「教育」「温度管理」「原料」など、さまざまなハードルが考えられます(7)。このようなハードルの数を増やしたり、あるいはハードルの高さや堅牢さを調整することで、製品の腐敗を防ぐことができます。

 中小工場がハードル理論を取り入れる場合に大切なことは「一つひとつのハードルを堅牢にするのではなく、簡単なハードルを数多く設置する」ということです(8)。堅牢なハードル(高価なハードル)は、導入にコストが掛かります。また、高価なハードルを一つ設置しただけでは、いったんハードルが壊れると無防備になり、それが原因で致命的な事故が起きてしまうかもしれません(9)。ます。それよりも、簡単なハードルを数多く設置して、それらを確実に監視する方、より確実な管理ができるのではないのでしょうか。

6 特性要因図を用いた解析

7 食品工場の品質管理におけるハードルの種類(例)

8 工場品質管理のハードルの種類。一つひとつのハードルを堅牢にするのではなく、簡単なハードルを数多く設置する方が現実的である

9 工場品質管理のハードルの種類。高価なハードルを一つ設置しただけでは、ハードルが壊れると無防備になる

 

 

ハードルの高さを監視する

〜現場から独立した監視チームを設置〜

 

 そして、現場ではハードルの高さを監視することが大切です。例えば、「ノロウイルスを防ぐ」という方針を掲げたとします。「○秒以上手洗いをする」と決めたとすれば、全員がそのルールを守らなければなりません。しかし、現場には多数の従事者が出入りしています。その全員が手洗いをするために、必要な資材(石けんや消毒薬など)は揃っているでしょうか。全員が手洗いをできる数の手洗い設備は整備されているでしょうか。蛇口から適切な温度のお湯は出るでしょうか。実際には整備できていない現場が多いようです。しかし、手洗いが徹底できなければ、ノロウイルスなどによる食中毒が起きるかもしれません。

 現場を監視して、何か問題点が見つかったときには、改善しなければなりません。「現場の声」として、改善提案が上がってくることが理想的ですが、現場の力だけではなかなか監視は上手くいきません。そこで、現場から独立した監視チームを設置して、「現場」と「監視チーム」が一緒になって監視すると効果的です(10)。

 例えば、ノロウイルスを予防するためには、下痢をしている人が現場の作業ラインに入らないような対策が必要です。しかし、会社に100人の職員がいたとして、冬場の時期に「100人全員が下痢をしていない」という状況はまず考えられません。「あなたは下痢をしていませんか?」と質問したり、「下痢をしている人は、食品取扱い現場に入ってはいけません」と言える監視チームの存在が必要になります。そうした指摘をするためには、監視チームが現場から独立している必要があるでしょう。

10 ハードルの高さを監視する。監視チームは現場から独立していることが必要

 

 

現場の改善前には“原点”に立ち返る

 

 監視の結果を基に、現場の作業手順を変更する必要が出てくるかもしれません。例えば、スライサーの菌検査を毎日実施しているとします。検査結果の毎日の推移をグラフ化してみて、ある日を境にして突然、菌数が高くなったとしたら、現場の帳票類をチェックして、帳票の数値が適正かどうか監視を行う必要があります。スライサーの交換頻度は適切でしょうか。洗浄方法や洗浄剤濃度、殺菌温度などは適正でしょうか。また、決められた手順が守られているでしょうか。

 検査結果に基づいて、「スライサーの交換頻度を頻繁にする」「洗浄方法を変更する」「洗浄剤の濃度を上げる」「殺菌温度を上げる」といった変更を行うことで、“ハードル”を高くすることは、衛生管理を向上させる効果的な選択肢です。ただし、変更前には、さまざまな角度から細かい検討を重ねる必要があります。例えば、「塩素殺菌をしても、菌数を低くできない」といった問題が見つかった場合、単純に「塩素濃度を上げればよい」ということではありません。殺菌効果が得られないのは、洗浄ブラシの殺菌が不十分なためかもしれません。塩素の保管方法が悪くて、塩素の効果が失われているのかもしれません。希釈が適切な方法で行われていないからかもしれません。現場が正しく作業できるような帳票システムは構築されているでしょうか。“原点”に立ち返って、細かく考えていくことが大切です。

 また、食品工場では、しばしば測定器の校正が見落とされがちです。計量器や温度計、pH計、金属探知器などは、正しく校正されているでしょうか。

 

 

エシックス(倫理観)の考え方

 

 さて、図3において、食品工場の目的として「売上・利益」「生産活動」「品質・安全性(コンプライアンス)」から成る三角形を示しました。しかし、さらにその土台として「エシックス(倫理観)」が存在します(11)。土台である倫理観が「砂」でできていると、世間の「波」で崩れてしまいます。

 食品工場の従事者としての強固な倫理観を身に付けるためには、日々のコミュニケーションが不可欠です。先ほども例に挙げましたが、ノロウイルスを予防するためには、さまざまな配慮が必要です。十分な手洗いを行う。生ガキの喫食を避けるか、よく火を通してから喫食する。家庭で作業着を洗濯するときは、作業着と下着類は分けて洗濯する。洗濯後はアイロンを掛ける。綺麗な台の上で折り畳む。洗濯後は専用の袋に入れて持ち運ぶ。こうした配慮は、一人ひとりが倫理観を身に付けているかどうかに懸かっています。また、更衣室のロッカーの中に上着と作業着を収納している工場を見掛けますが、これでは(上着から作業着への)交差汚染は避けられません。「ロッカーを増やすにはコストが掛かる」という事情はあるかもしれませんが、こうした問題を放置しているようでは、企業の倫理観が問われます。

11 エシックス(倫理観)の考え方

 

 

ホイッスルブロアーを褒め称える工場作り

〜転換点を跳び超えて「新しい考え方」に移行〜

 

 そこで、「従来の考え方」から、ある“転換点”で「新しい考え方」に分岐していく考え方――いわゆる“ブレイクスルー”の考え方について簡潔に説明します(12)。例えば、昔は「ブラウン管テレビ(=従来の考え方)」が当たり前でした。しかし、家電メーカーにとっては、近い将来「ブラウン管テレビ(=従来の考え方)」が衰退の一途を辿り、「平面テレビ(=新しい考え方)」が主流の時代が来るのは明らかでした。しかし、「従来の考え方」から「新しい考え方」には、スムーズに移行できるものではありません。どこかの“転換点”で跳ばなければなりません。

 ノロウイルス対策を例に取れば、全員が「どれだけ面倒くさくても、毎日作業着を洗濯して、アイロン掛けまでしなければならない」「どれだけ後ろに行列ができようとも、決められた時間の手洗いをしなければならない」「トイレに入る前には、必ず作業着の上着を脱がなければならない」といった意識を持たなければなりません。それは、「従来の考え方」から「新しい考え方」への転換です。コミュニケーションの中でしっかりと意識付けをしなければ、“転換点”を跳び超えて「新しい考え方」にシフトすることはできません。

 従事者がお互いに「あなたは作業着をきちんと洗濯していません。だから工場に入ってはいけません」と言い合える環境ができれば、理想的です。自分の倫理観に基づいて間違いだと思ったときに、サッカーの審判のようにホイッスルを鳴らして、レッドカードを出せる“体質”を作り上げることが大切です。あなたの工場は、ホイッスルを鳴らした人(ホイッスルブロアー)を褒め称える環境ができていますか。

 ホイッスルブロアーを褒め称える環境にする効果的な方法の一つは、利害関係のない第三者に、定期的に工場を評価してもらう制度を作ることです。従事者に「あなたが働いている工場は誰のものですか?」と質問してみましょう。全員が「私の工場です」「私たちの工場です」と答えるようになれば、あなたの工場には、ホイッスルブロアーを褒め称える環境ができあがっています。

12 ブレイクスルーの考え方

 

 

食品工場は働く人全員で支える

〜コミュニケーションにより方針と倫理観を浸透〜

 

 では、どうすれば“転換点”を跳び越えて、「新しい考え方」に移行できるのでしょうか。どうすれば、従事者一人ひとりが「この工場は私のものだ」と思いながら働くようになるのでしょうか。冒頭の図1で「雨で傘が倒れないようにするにはどうすれば良いか?」という問い掛けをしましたが、その答えと結び付いています。

 食品工場でブレイクスルーを果たすには、まずは経営者が「新しい考え方」を、方針として明確に示さなければなりません。“転換点”を超えた先に何があるのかうぃ、経営者自身の言葉として説明することが極めて重要です。方針を掲げたら「この転換点は絶対に跳び超えなければならない」ということを、日々のコミュニケーションの中で浸透させます。コミュニケーションを繰り返す中で、従事者は「ここは自分の工場だ」という意識を持つようになり、自分の倫理観に基づいた行動ができるようになります。自分の倫理観に照らしながら、「間違っている」と思ったときに“ホイッスル”が吹けるようになります。つまり、従事者一人ひとりが「傘を支えるために、自分は何をしなければならないのか?」と考えるようになるのです。

 図1の“雨傘”が倒れないようするには、単に「ISOを取得する」「検査部門を強化する」「専門家を雇用する」「マニュアルを整備する」ということが答えにならないことは、ご理解いただけたと思います。食品工場という“傘”は、働く人全員で支えるものです(13)。そのためには、しっかりとしたコミュニケーションを取ることが重要なカギとなります。

 

13 食品工場で管理する物。食品工場という傘は、働く人全員で支える

 

 

 

私のお話が皆さんの工場管理を、耕し続けるヒントになれば幸いです。

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